おかみブログ

2007年12月27日

備えあれば憂い無し?

夫の入院先へ通うようになって2週間が過ぎました。
重態のときは心配だから毎日、手術が終わって落ち着いた今も1日おきには行っています。
小淵沢から甲府市中心部の病院まで、高速を使えば約40分から1時間。
この機会にと、ETCをとりつけましたが、
往復2時間の道のりをほぼ毎日通うのはけっこうハードです。
八ケ岳に移住希望者の半数以上が必ず心配するのが公共交通機関と病院。
確かにこういう事態になってみると、私が車を運転できなければどうしてただろう、というギモンはわいてきます。
だからといって
手術・リハビリ可能な大きな病院が歩いて行ける距離にある。
バスや電車が不自由なく使える。

という必要が果たしてどのくらいあるのでしょう。
そりゃ、ないよりはあったほうがいいに決まってます。
保険と一緒です。
こういう事態になって、「やっぱり1日目から出るのがよかった」「1日1万円出るのがよかった」といっても後の祭りです。
だけどどんどん補償額を増やせば、その分保険料もあがって、どこまで想定してもキリがない。
生活だって、すぐ近くに総合病院があって、各種専門医院があって、大型スーパーがあって、駅や学校、銀行、塾、エステ・・・。
普段の生活にどこまでどれだけ近ければいいんだろう。
あるいは、これらがそろっている場所が、果たして住みたい場所なのだろうか。
都市のベッドタウンの新興住宅地を通ると、おしゃれな造りの「○○クリニック」をよくみかけます。
こういうのを見てると、「そういえば私、大丈夫かしら、行って見なきゃ」という気分になってしまいます。
エステ感覚で病院に行きたくなる・・・。
病院を見ると病気、スーパーを見ると飢餓状態。
「将来車が運転できなくなったら」。
将来必ず車が運転できなくなるかどうかは誰にも分かりません。
もしかしたら昨日まで元気であるひぽっくり死ぬかもしれないし、
自分で車を運転しなくても生活手段は他にもあるかもしれないし、
少なくとも今現在元気な人がそれ中心でモノゴト考えることはない、と思う。
それ以前に、車で消費財を買いに行ったり病院漬けになるような生活に、なるべくならないように工夫することのほうが、今の時代には大事なんじゃないかと。
ウチも今のような状況になってみて、毎日2時間の移動時間は正直キツイ。
でも、家に帰って満月に照らされた山並みを見るとほっとします。
第一、2時間程度で弱音をはいていては、都会の通勤ラッシュにもまれるお父さんたちやキャリアウーマンたちに怒られてしまいますね。
月夜
満月は茅ヶ岳から昇る
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2007年12月19日

言葉のチカラ

交通事故で右大腿骨など大きな骨を折って入院した夫。
10日目の今日、手術が行われました。
救命センター付きの整形専門医からの説明によると、
きれいに折れている。
厚い筋肉に囲まれたこのような大きな骨を接ぐには骨の中に金属を入れるという手術が唯一の手段。
年間100件の手術をする立場から見れば、めずらしい折れ方ではない。
ギプスを使わないので手術をした次の日から足をまげて車椅子に乗れる。
ただし、リスクがないわけではない。
例の脂肪塞栓症候群を発症しているので、手術によってその症状を助長してしまう場合もある。
しかしいつまでも待っていては骨が固まる一方なので、症状が治まり、感染の危険がないと認められるこの日が手術に最適と思われる。
説明の間、緊張をみじんも感じさせず、時折笑顔も浮かべて、目を見て話してくれました。
県下で最大規模の病院だけあって、技術も設備も整っていますが、
一番安心したのが、これらの言葉でした。
いわゆる<インフォームド・コンセント>というやつで、説明の後同意書にサインをしました。
それからいろんな方からたくさんのお見舞いの言葉をいただきました。
「みんなで神様にお祈りします」
「近くなんだから、遠慮しないで」
「どんどん他の人に甘えればいい、SOSを出されれば友人としては嬉しいものです。」
「家族はちゃんと寝るように」
皆様の言葉がどーんと気持ちをささえてくれました。
「お正月着物着るから帯かして」
??こういうすっとこどっこいもいます。
遠くに住む身内の一人ですが、裏を返して落ち着いて受け止めれば、悲観する必要のないその程度のケガだということ。
私自身はあんまり他人のことに気がつかない性格ですが、
今回のことで、どれほど相手を気遣うことがチカラになるかを身をもって知りました。
このブログはなるべく個人的なお手紙調では書かずにいようとしていましたが、今回ばかりはこの場を借りてお礼申し上げます。
皆様、ご心配いただきまして、本当にありがとうございました。
「おかげさまで」手術成功しました。
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2007年12月15日

キュウソクが急務

先週土曜日夕方、夫、救急車で運び込まれる。
「イタイイタイ」と大騒ぎするも、「記念写真撮っといて」「宝くじ買っといて」などと異常な冴え様。
家族半ばあっけにとられて、こんなに元気じゃ入院中もバンバン連絡事項入れて働かしちゃえ、などと笑いながら帰宅。
次の日、一変。
なんだか目がうつろ。
薬のせいか。
三日目。
白目を向きながら意味不明なことをつぶやく。
一応私のことは認識しているらしい。でも無反応。
上半身は異常がないので普通食を出されるが、箸が持てない。
ご飯粒を口に運ぶのに口に入ってない。
四日目。
さらにひどい昏睡状態へ。
箸も持てないほどボーっとしているのに鬼の看護婦さん、「食べないと抵抗力が弱くなって、治りが遅くなっちゃいますよ!」
病名、『脂肪塞栓症候群』。
大腿骨や骨盤などの大きな骨を折ったとき、たまにおこりうる、骨折の合併症だそうだ。
大骨折をした部分から脂肪が発散され、血管を詰まらせる。
(近年の研究では、直接脂肪が血管を詰まらせるのではなく、脂肪が血中に入り込むことによって白血球が異常行動をおこすせいではないかと考えられている)
そのため、脳梗塞のような状態になり、意識障害を引き起こす場合がある。
他の症状に、微量の出血や充血、呼吸障害など。
別部屋に私独り呼ばれてCTスキャンの映像を見ながら医師から説明を受ける。
「25年ここで救命を担当し、臨床経験がありますが、知っている限り1人だけ、この合併症直接の原因による死亡事例がありました」
ちょっとまて。それはさすがに聞き捨てならない。
しかし、ほどなく、これは医者のエクスキューズで、もし今回万が一のことがあっても医療ミスではないとでもいいたいのだろう、ということに気づいた。
そういえば、よく時代劇で、深手を負った武者が、三日三晩昏睡状態でうわごとを言ったりのたうちまわったりする。
はっと気がつくとかなりの日数が経っていて、きれいな娘さんに
「気がつきましたか?」と声をかけられ、
「ここは、どこだ」と起き上がろうとすると痛くて起きれない。
「いけません、傷が深いのです」などと介抱を受ける。
・・・などと妄想してみながらなんとか現状を受け止める。
つまり、大きな傷を負ったときにはそれだけの休息が必要なのだ。
意識がなくなるほど眠ることで、一番痛い時期をなんとか通り過ぎることができる。
それを科学的に分析すると、なんちゃら症候群というタイソウな名前がついたりするわけだ。
自分なりに解釈しているうちに五日目。
一応普通に話ができるようになる。
越えたらいきなり「2月に一時退院できるかなぁ」という。
何があるのかと思ったら、石工の資格試験があるそうだ。
・・・やっぱりバカになっちゃったんだろうか。

2007年12月14日

不幸中の幸い

「不幸中の幸い」という、おそらく日本語特有の慣用句があります。
「不幸なできごとのなかでせめてもの救いとなること」という意味だそうですが(by大辞泉)、
実は奥が深くて、実際おこった不幸なできごとより、さらにひどい不幸を敢えて想像し、
そうならなくてよかった、と思うことにするという、日本人の美徳の表れだという気がします。
西欧的な考えでは、「この不幸の原因は何か」というところにいくでしょう。
「目には目を、歯には歯を」。
この古代バビロニアの法律も、しかえしをしろ、という意味ではなく、
正等な処罰を、ひいては法の下の平等を説いたものなのでしょうが、
これを否定したのがユダヤ教、キリスト教です。
「右の頬を打たれたら左の頬も・・・」。
でも現代ではむしろそのキリスト教国が報復概念にとらわれている・・・。
・・・話が遠回りになりました。
つまり、今回の我が家におきた出来事も、冒頭のように考えればあきらめもつくというものです。
先週夫が事故にあい、右足を複数箇所骨折、現在も救命センターで手術待ちです。
でも、「命に関わる怪我じゃない」「事故の加害者じゃない」「これからヒマになるシーズン」などと考えることで、
「うまい具合に長期休暇がとれた」「亭主元気で留守がいい(これもいい慣用句ですネ)」と発想転換することができるのです。
なんとかこの程度まで書けるくらい、気持ちに余裕がでてきました。
ご心配いただいた皆様、ありがとうございます。

2007年12月7日

冬山観賞とは

五感で味わうこと。
変化を楽しむこと。
暮らしのドラマを感じること。
・・・冬山に限らないが。
冬山富士山
枯れ桜、腕を伸ばして 紅富士を得る
冬山八ケ岳
愛犬と見上げてみれば網笠山
冬山南ア
原山の咲耶(さくや)も見たか鳳凰山
高根下黒沢 原山神社にて。木花咲耶姫を祀る。
よく「山を一望する家がほしい」などと言う人がいますが、家からの景色は必ず飽きます。
八ケ岳南麓のすばらしい眺望は、畑の真ん中で、その地の先人と共に観賞してください。
冬山富士2

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2007年12月6日

ペットボトルの意外なリサイクル

小淵沢駅に出現した氷のクリスマスツリー
ペットツリー1
・・・ではなく、ペットボトルを重ねて作ったツリーです。
4種類のサイズのボトルを集め、ピラミッド状にしたもの。
遠めに見ると氷みたいで、電飾や飾りが透けてきれいです。
八ケ岳の冬はよりのイメージだから、ちょうどいいですね。
なかなかのセンスです。
駅員さんがみんなで手作りしたとのこと。
待ち合わせスポットになるか??

2007年12月4日

虎落笛、北風、木枯らし、八おろし

俳句会に入門し、今月の句会で3回目。
「歳時記」という季語辞典も入手し、気合は入っているものの、出されたお題にアタマを悩ませています。
こんどのお題は「虎落笛」。
竹垣などを通り抜けるときに「ぴゅー」っと鳴る風の音をそう呼ぶんだそうです。
ビル街の音も現代では虎落笛に入るそうで、いかにもさむそーな冬の自然現象です。
冬の風といえば「隙間風」「木枯らし」「北風」などがありますが、我が地方での共通語といえば、やはり「八ケ岳おろし」でしょう。
八ケ岳の西肩から吹き降ろす、乾燥しきった風。
その冷たさといったら。
「カキーン」と瞬間冷凍するんじゃないかという勢いです。
郷里の六甲おろしなんぞかわいいもんです。
圃場整備された田んぼの真中にいると、立っていられないくらいの強さ。
しばしば「どどーっ」とごう音をたててふきおろしてきます。
「風の又三郎」はこの八ケ岳おろしがモデルだというのを、ここに来てやっと知りました。
なにしろ「どっどどどどうど」ってほんとに鳴るんですから。
賢治を読んだことのある人なら、そんな解説を受けなくてもこの音をきけばピンとくるはず。
移住して10年目、首をすくめながらも「おー!来た来た」と笑いのネタにできるようになりました。
これで、谷桜の「八つのからっかぜ」で一杯やれれば言うことなし。
「どどーんと来いっ」
こういうノリのときに意外と句って出てくるもんです。
あっ一句思いついた。
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