会津・お墓めぐり
石屋の全国団体「全国優良石材店の会」の総会が、今年は福島県郡山市で行われました。
全国の石屋さんが集まる会議で、毎年全国のいろいろな都市を会場としていますが、
震災以降、復興の一助になればと東北で行われています。
郡山は会津の入り口で、今年はやはり大河ドラマ「八重の桜」で一躍有名になったところ。
せっかくなので、会津若松まで足をのばしてきました。
会津若松。
「八重の桜」以前の歴史的観光資源といえば、「八重…」以前は白虎隊と新選組と野口英世だったようです。
白虎隊や新選組の悲話は一般的にも人気のあるものですが、
「八重…」を見てるとそれらは戊辰戦争のほんの一部でした。
幕末から明治にかけての大きな歴史の変換の中に、会津は大きくかかわっていたんですね。
白虎隊記念館の前にあるお土産茶屋のおやじさんが、いろいろ歴史の話をしてくれました。
おやじさんによる「会津歴史クイズ!」
1.八重の兄・山本覚馬が、戊辰戦争中薩摩藩によって投獄されていたとき、獄中で書いた書物とは?
・・・『管見(かんけん)』
この題名が出てこなくて残念だったけど、「あー、あの、明治政府の骨格になった、民主主義とか教育の必要性とか、女性の地位とか書いたやつ・・??」って言ってたら、マルをくれました。
2.徳川家康、秀忠、家光の3代に仕えた、お坊さんの名前は?
これも全然名前が出てこなくて、残念。名前が出ない、なんて年だなぁ。
おやじさん、「春の桜のときにまた来てくれたら答え教えてあげる」
「会津に関係する人なんですか?」
おやじさん、ニヤリ「さー、どうでしょう」
悔しいので、ネットで調べました。
小説にもなったり、ドラマになったり。
心躍るような逸話もあります。
おもしろそー。小説読んでみようかな。
町あるきのキーは、やはりお墓。
お墓や碑石を通して、会津の歴史を知る。
まずは白虎隊の自刃の地とお墓へ。
坂本龍馬を暗殺したといわれる人物候補の一人、会津藩士・佐々木只三郎の墓。
新選組・斉藤一の墓。
局長近藤勇を失ってから、会津藩とともに新政府軍と戦った新選組。
斉藤一は新選組きっての剣の達人でしたが、戦いの後半はやっぱり剣で戦うことに無理を感じていたとか。
戊辰戦争が終わってからも会津に残り、会津女性と所帯を持って、大正4年まで生きながらえます。
新選組の中で、私が一番惹かれる人です。
蒲生氏郷の墓。
時は戦国末期。信長に仕えた氏郷を、秀吉は東国のおさえとして会津藩主に任命。
キリシタン大名、茶人としても名高い氏郷は、会津の文化や産業発展に大いに貢献したとか。
キリシタンだけど、お墓は五輪塔(仏塔)。
お墓は永遠です。