お知らせ

2014年4月1日

表札づくり体験教室やりました。

春休みになったので、ちょっとイベントを企画してみました。
小学校2年生の町たんけんという課外授業で、毎年石屋にも子供たちを受け入れていますが、
そのとき体験してもらう「表札づくり」です。
自分の名前を石に彫る。記念にもなるのでいつも好評。
 
今回は初回ということもあり、広く声掛けはしませんでしたが、
3人の小学生が来てくれました。
 
「町たんけん」では時間も限られているので、名前や模様を切り抜いたゴムシートを
あらかじめこちらで用意しておくのですが、
今回は一から自分で絵を描き、それをカッターでくりぬきたいということで、がんばってもらうことにしました。
これって、けっこう大変なんです。
 
印刷ではないから、書いた線をそのまま彫るのは無理な部分も多い。
つまり切り絵をつくる感覚と考えてもらったほうがいいかもしれません。
それを伝えるのがなかなか難しかったけど、
最後はこちらも手伝ったり、細かい線を簡略化したりすることでなんとか形にしました。
 
下絵制作中。

 
 
下絵ができた。

 
 
ブラストをかける部分のゴムを切り取る。

 
 
マスク型ができた。

 
 
いよいよ彫ります。サンドブラストはこちらでやります。


 
彫りあがった!


  
ゴムをはがしたらできあがり。


 

2014年3月19日

待ちに待った山里の春

あさっては春分の日、春のお彼岸です。
「国民の祝日に関する法律」によると「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日だそうです。
ちなみに秋分の日は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」日。
 
今年は2月に山梨県史上最大規模の大雪災害にみまわれ、みんな大変な思いをしました。
農家のお宅ではハウスが全壊したり、フロントガラスが落雪で大破したウチのレガシイも廃車にする方向で検討してたりして、まだまだ完全復活というわけにはいきませんが、
それでもありがたいことに、春はちゃんとやってくるものです。
ここ数日の暖かさで一気に雪もとけ、いろんな木のつぼみが膨らんできているのを目にします。
ほんとに、今年ほど春の訪れが待ち遠しかったことはありません。


 
そんな中、お墓にも墓参の方がちらほら。
あたらしいお花が飾られるお墓が増えてきました。

昨日冷たい雨が降る中、テントを張って仕上げの作業をしたお墓が無事完成。
今日は青空のもと、美しい姿をみせてくれます。
お兄さんの命日に合わせて、お彼岸までに、とお約束していたもので、
なんとか間に合ったよかった。
 

 
中国の昔の書家・王羲之の書体による「和暢」の2文字を表に彫ったデザイン墓。
王羲之の文章「蘭亭叙」の冒頭に出てくる「恵風和暢」からとったもので、
暖かな春風が吹いて心が穏やかになる様子を表しているそうです。
まさに、今年の春彼岸に開眼するお墓にぴったり。

このお墓をお参りするたびに、春風のような優しい気持ちになって、ご家族が穏やかに暮らせますように。

2014年3月3日

残雪の影響

「甲府ではお墓の灯籠の珠などが、落雪の重みでもげたりしてますよ」と、やっと来店できるようになった問屋さんが言ってました。八ヶ岳周辺でも大いにありえます。
 
当店はここ20年くらいは石材専用ボンドを使って、灯籠の部品も含めて石の接合部はすべて接着していますので、
少々のことならとれたりはしないと思いますが、
もし落ちてしまっていたら、ご連絡ください。
設置年数によって無償またはサービス価格にて補修させていただきます。
 
施工業者さんによっては、少なからず影響が出ているのではないかな、と心配しています。
他業者さんで建てられたお墓でも、どうぞご遠慮なくご相談ください。
 
墓地はまだまだ車が入れません。 
 

2014年2月22日

ノアの箱舟の虹のように

駅前駐車場の除雪ボランティア、してきました。本来の使い方じゃないフォークリフトくん、がんばってくれてます。
と、これはおとといのお話。疲れすぎてUPができませんでした。(^^;)
 

  
今日も朝からキラキラと晴れてくれています。
早朝だけ見られるつららがクリスタルのサンキャッチャーのよう。
考えたら大雪以降ずっと晴れ。まるでノアの箱舟の虹のようです。
日本一の晴天率を誇る北杜市の底力。
 

 
今日は半日自宅前の除雪をしました。
道幅50cm×3mで3時間、汗びっしょり。
 
主要道、ずいぶん除雪が進みました。
1週間ぶりにアスファルトが見え、ありがたいことです。
石屋のまわりの歩道と自宅の前は、人力でお日様と共同作業で雪を減らしていきます。
 

  
お墓はまだ雪捨て場状態で、入口からすでに壁か、海です。
 

例年2月は仕事が進まないのですが、今年はいったいどうなってしまうんだろう、
お客様にご迷惑が…
という不安はつきませんが、
日常生活が普通になってきているだけでもありがたい。
気持ちを切り替えて、普段できない整理業務をしようと思っています。

2014年2月18日

雪の白州から愛をこめて

白州在住の方のお墓工事を進めています。
 
別荘地エリアにお住まいなので、きっと市の除雪も行き届いてなくて、孤立状態なのではと思い心配でこちらからメールしたところ、元気なお返事をいただきました。
クリスチャンのご夫妻です。
こんなときも神様への感謝と隣人への愛を忘れない、本当に素敵なお二人です。
シェアさせていただきました。
  
※※※※※※※※※※※※※※※ 
大雪の我が家です。まるで雪国の風景です。
私たちの方元気にしております。
 
歴史的な大雪ですね。
白州ではなんと2Mに届くのではと思うほどの雪国風景です。
2度目の雪で1週間は閉じこもり状態になるでしょう。
この時も楽しむことにしました♪
この雪の量からして個人的な雪かきでは来月になってしまいそうですので町の重機が来てくださるのを待つばかりです。
前回の雪の時には4日目に町の除雪車が来てくれました。
幸い、2度目の大雪の直前に少し食料などの買い出しをしましたので2-3週間は大丈夫です。
 
何か神様の私たちそれぞれに備えられた大祝福を思い嬉しくなりました♪♫
今回の大雪のように、想定外の祝福をもって人生を与えられているということを思ってこれまた感謝です。

どんなに大雪でもE-メールは大丈夫です。素晴らしいですね。
暖炉もあり、電気もまだ来ています。
白州の我が家の風景です。


  
また小淵沢に住むクリスチャンの友人から、
今回の雪でご夫妻で鎌倉を造りそこで甘酒とみかんでお茶をしたとメールをくれました。
想定外の大変な時も楽しむ余裕に感心しました。

雪の白州から愛をこめて
※※※※※※※※※※※※※※※
 
私たちもこの状況を前向きにとらえて、がんばります!

除雪作業、着々と進んでいます。

2月15日に甲信地方を襲った、史上初ともいわれる大積雪。
一夜明けた16日は、なすすべもなく途方に暮れる小淵沢町でしたが、
へこんでばかりもいられません。
県外からの物流途絶の心配もありますが、地域にいる人間は自分たちのできることをして待つしかない!
市の除雪体制もこの積雪を想定したものではなかったのですが、
なんとか主要道路は掻いてくれましたので
ウチもフォークリフトを雪の中から掘り出し、市の手がまわらない部分の除雪を進めました。
 
18日17:00時点で、なんとかここまで進んでます。
子供の背丈ほどの除雪積み上げはありますが、路面が見えています!








 
塩山御影石などの在庫置き場になっていた事務所裏はまだ雪をかぶったまんまですが…。


 
こんな時期だからこそ室内のお打合せはできますので、どうぞご来店ください。
今日もさっそく町内のお堂の役員さんが碑石の相談に来てくださいました。
足場の悪い中、ありがとうございました!

2014年2月8日

会津・お墓めぐり

石屋の全国団体「全国優良石材店の会」の総会が、今年は福島県郡山市で行われました。
全国の石屋さんが集まる会議で、毎年全国のいろいろな都市を会場としていますが、
震災以降、復興の一助になればと東北で行われています。

郡山は会津の入り口で、今年はやはり大河ドラマ「八重の桜」で一躍有名になったところ。
せっかくなので、会津若松まで足をのばしてきました。

会津若松。
「八重の桜」以前の歴史的観光資源といえば、「八重…」以前は白虎隊と新選組と野口英世だったようです。
白虎隊や新選組の悲話は一般的にも人気のあるものですが、
「八重…」を見てるとそれらは戊辰戦争のほんの一部でした。
幕末から明治にかけての大きな歴史の変換の中に、会津は大きくかかわっていたんですね。

白虎隊記念館の前にあるお土産茶屋のおやじさんが、いろいろ歴史の話をしてくれました。
おやじさんによる「会津歴史クイズ!」

1.八重の兄・山本覚馬が、戊辰戦争中薩摩藩によって投獄されていたとき、獄中で書いた書物とは?
 ・・・『管見(かんけん)』
 この題名が出てこなくて残念だったけど、「あー、あの、明治政府の骨格になった、民主主義とか教育の必要性とか、女性の地位とか書いたやつ・・??」って言ってたら、マルをくれました。

2.徳川家康、秀忠、家光の3代に仕えた、お坊さんの名前は?
 これも全然名前が出てこなくて、残念。名前が出ない、なんて年だなぁ。
 おやじさん、「春の桜のときにまた来てくれたら答え教えてあげる」
 「会津に関係する人なんですか?」
 おやじさん、ニヤリ「さー、どうでしょう」
 
 悔しいので、ネットで調べました。
 小説にもなったり、ドラマになったり。
 心躍るような逸話もあります。
 おもしろそー。小説読んでみようかな。
 
 
町あるきのキーは、やはりお墓。
お墓や碑石を通して、会津の歴史を知る。
 
まずは白虎隊の自刃の地とお墓へ。


 


 


 
坂本龍馬を暗殺したといわれる人物候補の一人、会津藩士・佐々木只三郎の墓。


 
新選組・斉藤一の墓。
局長近藤勇を失ってから、会津藩とともに新政府軍と戦った新選組。
斉藤一は新選組きっての剣の達人でしたが、戦いの後半はやっぱり剣で戦うことに無理を感じていたとか。
戊辰戦争が終わってからも会津に残り、会津女性と所帯を持って、大正4年まで生きながらえます。
新選組の中で、私が一番惹かれる人です。


 
蒲生氏郷の墓。
時は戦国末期。信長に仕えた氏郷を、秀吉は東国のおさえとして会津藩主に任命。
キリシタン大名、茶人としても名高い氏郷は、会津の文化や産業発展に大いに貢献したとか。
キリシタンだけど、お墓は五輪塔(仏塔)。


 
お墓は永遠です。

2014年1月25日

九十余年の人生を込めた歌碑

92才になるおじいちゃんのために、息子さんとお孫さんが記念碑を建てられることになりました。
おじいちゃんは短歌がご趣味。
今までの人生を振り返って、渾身の一句。
 
新道に 添いたる旅籠 亀甲屋
      宿を閉ざして 九十余年
 
新しい道ができる際に宿を興した当時の当主。
その後時代は流れて旅籠の役割もなくなり、おじいちゃんが生まれたころには宿を閉ざしていたとのこと。
そこからさらに九十余年の歳月。
どんな思いでその年月をふりかえったのでしょう。
 
石は御岳山の黒光真石、表面は研磨してあります。
書をたしなむ友人に書いてもらいました。
 
パソコン上にとりこんだ書を、マスクゴムにペン書きし、
カッターで切り取ります。


 
庭に台石を据えて、碑石をのせて
こんな感じに仕上がりました。

2014年1月12日

石臼餅つき 2014年の運つき

小淵沢商店街の正月恒例行事、福引会の日です。


数年前から福引のほかに飲食コーナーが出て、お客様に楽しんでいただこうとがんばっています。
ウチも、もう恒例になった石臼の餅つきをして、つきたてのお餅をふるまいました。

石臼は愛知県岡崎産の白御影<宇寿石>。
なんだか縁起がよさそうな名前でしょう。
このひょうたん型のフォルムも美しい。
餅つきは慣れてきたとはいえ、まだまだ素人ですが、
この石臼に助けられています。
石は一度温まるとさめにくく、スピード感を要する餅つきにはぴったりです。

もち米はおなじみ、小淵沢町松向の農家・五味さんちのものを使いました。

今年の飲食コーナーは、天ぷらそばと肉まん(by駅弁の丸政)、キャラメルポップコーン(by商工会青年部)、豚汁(byペンション振興会)、手作りパン(byクラスティー)でした。
仲間内で楽しく交換しあったりして、それもまたおいしい!



餅つきに参加してくれた皆さん、ありがとう!



2013年12月11日

山を登る人

ころころ通信16号の編集を始めました。
 
今年の夏はとても忙しく、おまけに新しいライターの仕事も始めてしまって、
秋に出そうと思っていた通信が1回飛んでしまいました。
 
待っててくれている人がどのくらいいるかわかりませんが
石やお墓の情報を伝えていくためには、やっぱり通信は欠かせません。
 
いいかんじでネタも集まってきたので、いよいよ来年早々には発刊の予定です。
 
さて、今回の目玉記事のひとつ、「その道のプロにきく仕事へのこだわりとご先祖祀りについて思うこと」。
今回の人は、山岳ガイドの竹内敬一さんです。
八ヶ岳連峰のひとつ編笠山の頂上近くにある山小屋「青年小屋」を経営するかたわら、
山梨県警の山岳救助隊長として数々の危険かつ難しい遭難救助を達成。
日本山岳ガイド協会理事で、八ヶ岳山岳ガイド協会の会長でもあると同時に
登山家としてエベレストなど世界の名峰の登頂経験も豊富な、プロ中のプロ。
 
そんな人が小淵沢町内のすぐご近所に住んでいらっしゃって、
今年はお住まいの地区の共同墓地の管理役員さんも持ち回りで引き受けていらっしゃいます。
今年はウチもたまたまその地区の仕事が多く、役員さんとしての竹内さんにとてもお世話になりました。
 
そんなご縁もあって、取材を申し込んだところ快く引き受けてくださいました。
 
山に登り、人の命も預かる竹内さんが考える「お墓観」とは?
 
今まとめている最中で、竹内さんにもまだチェックしてもらっていませんが、
限りある字数の中では入りきらなさそうな話で、とても印象に残っていることをここに記しておきます。
 
伐採に使われてきた日本の伝統的な斧の刃には、片方の面に3本もう片方の面に4本の筋(切れ込み)が入っています。
これは機能に関係することではなく、信仰から来ているとのこと。
4本の筋は「地水火風」、3本の筋は「塩、水、米」を意味する。
つまり大地や自然へのお供えを表す。
伐採にあたり、木の1本1本におきよめをし、祈りをささげることの象徴なんだとか。
ネットで調べてみると若干違う語呂合わせも出てきていますが、
とにかくこれから切る木に対して深い畏敬の気持ちを道具に込めたことが窺えます。
 
山岳信仰にも象徴されるように、日本人は昔から山に畏敬の念を持っているのです。
ここは、「山は征服するべきもの」と考えて人間の欲するままに自然の形を変えてきた西洋人とは
正反対の理念なのだそうです。
 
竹内さんの登山には、そんな想いが原点にありました。
通信では、その真摯な姿を紹介できればと思います。