お知らせ
お墓参りは天気になぁれ
なんともかわいらしい、てるてる坊主さん。
これがN家の新しいお墓です。
諏訪湖を一望する高台のお寺墓地の一角にあるN家のお墓。
お参りに来る人がみんな立ち止まって思わずにっこりしていきます。
「お参りに来るとき晴れてたほうが気持ちがいいでしょう?それでてるてる坊主はどうかな、と思い立ったんです」。
N家墓所には伝統的な形のお墓がすでにあり、母けいこさん(仮名)の伯父が守っていましたが、
直系の跡継ぎがなく、けいこさんと娘のゆうこさん(仮名)が引き継ぐことに。
せっかくならみんなに愛されるかわいいお墓にしたいと考え、作り直しすることにしました。
また、既存の墓石は亡愛犬の石像にリメイクし、自宅に置きます。
今年9月、てるてる墓が完成。息子のこじろうくん(仮名)とちょうど同じくらいの背丈です。
「息子はこれからどんどん大きくなるだろうけど、
お墓をつくったばかりのときはこれくらいの背丈だったんだよ、って何年たってもお墓で楽しく会話ができます。
ぎゅーってハグしたいすてきなお墓。家族そろって遊びに来れて、幸せな気持ちになれる、特別な場所になりました」。
清らかな気持ちで思いあう
新緑の美しい5月初め、小松家の墓地が生まれ変わりました。
新しく建てた横型の碑石の正面に刻まれたのは「翠親苑」という言葉。
「翠」は透きとおったみどり色を指し、清らかで純粋な輝きをイメージします。
「親」という字には縁あった者と我執を捨て相手に気持ちになって「親しむ」という想いが込められています。
そして「苑」は全ての人が平等な立場で集える庭園のこと。
「翠親苑」は新緑の季節に完成したお墓に、小松睦示さんが特別な想いを込めてつけた言葉なのです。
小松家では睦示さんの叔父にあたる故三郎さん夫妻のお墓を、親族七家で当番制で管理してきました。
三郎さん夫妻には直系の子孫がいなかったからです。
しかし代が替わるにつれ三郎さんのことを知らない親族も増え、それぞれの生活や守るべき自家の墓もある中で、三郎家のお墓の維持が難しくなってきました。
墓じまいをするなら埋葬されている遺骨の行き先も決めなければならず、睦示さんは三郎さんの遺骨を合葬や合同永代供養するのは忍びなかったそうです。
何年もかけての親族間での話し合いの末、分家でまだお墓のなかった睦示さんが自分のお墓として承継していくことでまとまりました。
「小松家には教員になった者も多く私もその一人ですが、教養人だった三郎叔父のことは尊敬しています。
その叔父のお墓と志を継ぎ、ここが一族の新しい集いの場になれば嬉しいです」。
あまねく幸せの場
父の逝去をきっかけにお墓づくりを考えるようになったYさんご家族。
主として守っていく長男Iさんの居住地の共同墓地に墓所を得ることができました。
家族みんなで集うのに十分な広さがある墓地です。
外周にを自然石をまわし、メインとなる碑石も自宅の庭にあった八ヶ岳の地石の中から形の良い一つを選びました。
そして、表には長女Kさんの提案により、故人の名前の一文字から「周」の字を。
「周の字は田を囲んで食べ物がみんなの口にいきわたり、周く(あまねく)幸せになる、という意味をもつのだそうです。
家族への愛情がここに来ると実感できる気がします」。
家族みんなで周く幸せを分かち合う場ができました。
造り込みすぎない自然石のお墓は八ヶ岳ならでは。
劇的なデザインが神聖な空間をつくりだします。

「周」を古代文字で表現。田の下の口が笑っているよう。

「おじいちゃんにお礼を言ってから、お墓に納めようね」
納骨前の大切な時間です。

これがお墓?!大絶賛のハートの形
地域発展に力を尽くした父
信濃境駅前の小さな店から始まって、諏訪~北巨摩エリアに多い時は数店舗も経営する商売人だった故平出郁夫さん。
時流にのって思い切りよく業態を変えながら事業を発展させました。
そして、その柔軟さと気概で地域の発展のために尽した人でした。
また、資金を出すだけではなく、自ら構想を練り、企画することにも積極的な人で、
富士見町井戸尻遺跡そばの「井戸尻こども村」、小淵沢「矢の堂奉賛会」の三十三番観音事業の一貫で小淵沢IC前に建立した大観音像などはその代表的なものです。



「自分のことよりまず地域のことを考える人でした」と妻香代子さんは回想します。
お墓に対する考え方もしかりでした。
昭和35年に先祖のお墓を葛窪から信濃境に改葬しましたが、自らが入るための整備は生前には行いませんでした。

その代わり、父が昭和15年に建てた墓石を大切にし、それに見合うよう自分の死後に自然石で墓誌を建てて先祖を供養するよう伝え残していたのです。
息子さんたちはその遺志をしっかりと受け継ぎ、このたび郁夫さんの納骨にあたり父念願の墓誌建立と外柵改修にのりだしたのでした。

「お墓は先祖のために子が建てるもの。生きているうちのエネルギーは人のためにつかうもの。」
家族の信頼関係をも築き上げた郁夫さんの声が聞こえてくるようです。

























