お知らせ

2016年8月1日

末永い「和」の想い

二つの石が重なるようにして立つお墓。正面には大きな「和」の一文字が力強く刻まれています。
そのわきには年代を重ねた自然石供養塔、反対側にはこのお墓の歴史を記した顕彰碑があります。

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施主平田馨さんはテレビ局のプロデューサーとして活躍していましたが、番組制作の仕事で偶然、自らの家系について知ることとなりました。
平田家は桃山時代を起源とする刀剣金具師で、徳川幕府のお抱え工として、また維新後は世界的に評価の高い七宝技術を取り入れた勲章を作るという、格の高い職人家系だったのです。
「西洋好きでハイカラだった英語教師の両親からは先祖の功績について教わることがありませんでしたが、偶然文献で自らのルーツを知り、非常に誇らしく思いました。」

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「と同時に、その末裔として先祖の墓の管理をきちんとしておかなくては、という想いがつよくなっていきました。
妻に先立たれた私でしたが、縁あって山梨・小淵沢で再婚。暖かい家族に迎えられ、第二の人生をスタートすることができました。
他人なのに本当に心のやさしい人たちばかり・・・。
私の心は決まりました。
墓を八ヶ岳、南アルプスが望める風光明美な小淵沢へ移そうと。
再婚した妻もご主人に先立たれた人でした。
せっかくのご縁を大切に、このお墓を2つの家系が一緒になる場所の象徴として建てようと思ったのです。
新しい息子夫婦や孫たちも、みんなが賛成してくれました。」
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正面の『和』の字はその息子さんが書いたものです。
このたび亡くなったお父さんと早世した男の子のお骨も、このお墓に移すことになりました。
「娘たちにとっても、手を合わせる気持ちを表す場所ができて、ありがたく思っています」と息子さん。
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家族みんなが心安らかになれる場所。
二つの石の重なりは、二つの家系の融合のしるしでもあり、過去と未来のつながりの象徴でもあります。
「和」の心をもって強い絆がこれからも末永く続いていくことを願った両家のお墓です。
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2015年12月17日

自然石のもと大地へ還す

松林の間から富士山と南アルプスを拝む墓地に、どっしりとした自然石のお墓ができました。
「岩そのままの形で、できれば八ヶ岳の石がいい」強い思いを持ってお墓づくりにあたったKさん夫妻。
「本籍も富士見に移しました。自宅の近くにお墓を持て、本当の意味で終の棲家ができたと思います。」

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Kさん夫妻には若くしてこの世を去った息子さんがいました。
お墓を建てるにあたって、実家のお墓であずかってもらっていた息子さんの遺骨を自分たちのお墓へきちんと納めたいという思いもありました。

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「この地に住んでいて思うことがあります。それは、人が地域の一部となって暮らしているということ。この部落には神明社という神社がありますが、住民は自動的にそこの氏子なんです。個人の宗旨宗派とは関係なく、地域の慣習としてその神社にお参りする。山や川、森のすべてに神様がいる、と考える日本人の民族的なものが色濃く残っているんですね。私は今ストレスなく田畑をたがやして暮らしている。お墓もすぐ近くに持てた。今でこそ居住地の近くにお墓があるというのは全国的に少数派になりつつありますが、昔は当たり前のことでした。この地に根をおろして、何か大きなものに抱かれて守られている感じがします。」

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2014年8月12日

きれいに囲って、歩きやすく

土の状態だったお墓を、周りを囲ってきれいな墓所にしました。八ヶ岳は10年ほど前までは土葬も多く、それを前提として広い墓所が土の状態であるお墓が多いですが市内に火葬場ができてからは9割以上が火葬になりました。そこで、もう土葬をするスペースが必要なくなり、このような工事を希望される方が増えています。

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改装前

もともとあったお石塔は丁寧に洗浄して、金箔を入れ直します。

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お石塔の基礎はまだしっかりしていたので、今回は動かす必要はありませんでした。最初しっかりしておけば、こういう改修のときも余計なお金がかからずにすみます。後ろのツラは横のお宅に合わせて建っているお石塔ぎりぎりで仕上げました。墓地全体の通りもちゃんと考えます。

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高齢のお施主さんですが、これで草取りの心配が激減しました。

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2014年9月13日

一周忌は新しい外柵で

「かみさんの一周忌に合わせてお墓をきれいにしました。敷地内が土だったので、草の管理や泥はねがたいへんだったけど、これからはもっとお参りしやすくなります。厳しい納期も間に合わせてくれて、ありがとう」

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改装前

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改装後

畑やハウスに囲まれた、田園の中にある共同墓地。八ヶ岳や南アルプスの景色が雄大な里山です。20年ほど前に建てた当店でお墓は、いまでもしっかりくるわずに建っていましたので、一周忌にあたり墓石洗浄と外柵新設の工事を行いました。

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敷地境は長方形ではないので、角度もきれいに合わせます。

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明るくてお参りしやすいお墓になりました。

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2015年3月3日

立派な外柵、土葬部分を砂利に

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改修前

何代もつづき、古くからのお石塔もたくさんあるお宅です。

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もう土葬をすることは今後ないだろうとの判断で、敷地内をすべて砂利敷にして防草対策も兼ねます。まず石で囲う周りの部分に基礎を施します。

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囲われた内部の土を持ち出し、砕石で固めます。凍み上がるのを防ぐ意味もあります。

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外柵の据付。アンカーボルトと金具で留めます。地震にも強い方法です。

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台座の甲ピンが少しくるっていたので、一度取り外してきれいに洗い落とした後、また据付ます。

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防草対策として、厚手長耐久の防草シートを敷き、化粧砂利を敷きます。

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完成

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古いお石塔も簡易研磨のクリーニングを行い、見違えるようにきれいに。文字やお地蔵様の形もくっきり現れました。早世した人の個人のお墓も新設され、先祖を大切に思う気持ちのあふれたお墓となりました。

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2014年10月6日

八ヶ岳を背に、飾らない神道のお墓

地区の住民の半分以上が神道、という下久保集落。八ヶ岳を望む広い墓地に、神道の教義にのっとったお墓ができました。

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神道墓の特徴は、三種の神器のひとつ剣(つるぎ)を模した石塔。いわゆる和型石塔といっても、仏教式の形とはその由来が違います。神道では仏式で用いられがちな須弥壇を模した加工はなく、とてもすっきりしています。

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このお宅も、とにかく余計な飾りのない、とてもシンプルなもの。たくさんの家族が一度にお参りできる、開放的な設計にしました。

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2014年1月10日

すっきりと明るい、白い奧津城

「奧津城」というのは神道式で「墓」という意味です。(奧都城と書く場合もあります) 和型での神道式と仏式のお墓はあまり違いがないように見えますが、よく見ると寸法の比率などが微妙に違ったり、お参りのための付属品が違ったりしています。

これは、仏式のお墓が五輪塔を簡略化したものであるのに対し、神道式は三種の神器の剣を模したものであることから来ています。

小淵沢には神道式のお宅が多く、代々続くこのF家も明治以降は神道でした。伝統的な形のお墓にするなら、きちんと神道式にのっとった形にしましょう、とお話合いし、このようなお墓が完成しました。

高級な白御影を用い、すっきりと明るい奧津城が、青い空と甲斐駒をバックに建っています。

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開放感のある歩きやすい設計、代々の古い石塔も大切に並べなおしました。

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遠都祖代々祖等奧津城 とおつみおやよよおやたちのおくつき
と読みます。

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全体を納骨堂で上げ、かがまなくてもお参りしやすい設計です。

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神道の命名(みことな・亡くなったらいただくお名前)は長いので、霊誌(記録版)も縦長にします。

2015年9月22日

山々を一望、遠くの家族もここに集う

小高い丘の上からの山々の眺めが大変すばらしい公園墓地。東京と富士見の2地域での暮らしをされるTさんのご両親が眠るお墓ができました。

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のちのちの管理を考えるとお墓を持つことに消極的だったTさんのきょうだいでしたが、話し合ううち、できる範囲でいいから両親の供養はしようとみんなが考えるようになりました。そして、Tさんが別荘として通っていた富士見に公営墓地を求めたのです。東京から富士見はアクセスがよく、首都圏近郊に住む親族が集まりやすいのが決め手でした。

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山が好きだったという亡お父さん。「マチュピチュのよう」とお施主さんがジョークをいうほどの独特な地形の墓地に、清楚な白いお墓が建ちました。

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今の段階で唯一のお孫さんも、丁寧にお水をかけます。少しずつ無理なくこのお墓に対しての愛着を持っていってもらえるといいですね。

2014年6月14日

神道墓を大改造、夫婦専用の石塔も

先祖代々のお石塔がいくつも乗っている古い台座。お骨を壺のまま仮納めできるスペースはありましたが、このたび土に還れる造りになった新しい大納骨堂へと改修しました。

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改装前

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改装後

古いお石塔は高圧洗浄をかけてきれいにして、彫刻文字を読みやすく。元々先祖代々墓としてお祀りしていたお石塔は表面の文字を切り落として磨き直し、先代ご夫婦専用のお墓へと作り変えました。

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左側が先代ご夫婦専用墓

そして代々墓を新規で作りました。

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2014年11月22日

自然な感じでうちらしい、最高のお墓

八ヶ岳を一望する小高い田園の中にある墓地。その八ヶ岳の一部でもあるかのような、岩をそのまま墓石にしたのが宮沢家のお墓です。3回忌を迎えた文哉さんが眠っています。

「なるべく自然な感じのお墓にしたいんです。亡くなったお父さんも私たちも飾らないのが好きだから。」と妻の恵里子さん。そんな話の中で、文哉さんが生前気に入っていたという庭の石が使えないかという相談になりました。

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北関東のほうで取れた岩であるらしく、墓石で使う石種としては定番ではないものの、形や色に独特の味わいがあり、庭木になじんでいい具合に渋みもついてきていました。何よりどっしりとした雰囲気が文哉さんそのもの。「うれしい、これがお墓になるなんて。でもまさか自分が気に入って買った庭石が自分のお墓になるなんて思ってなかったでしょうね(笑)」

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碑石に埋め込まれた石板の「宮沢家」の書は長男文人さんが、拝石の「ありがとう」は恵里子さんが書きました。「べつに習字とか習ってたワケじゃないんだけど、書きたかったから」とお墓づくりにかかわった想いを文人さんは語ります。さらに長女里穂さんも加わって家族3人で般若心経の写経をお骨と一緒に納骨堂に納めました。

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文人さんはFacebookで開眼式の様子を投稿しています。「うちの家族らしい、本当に最高のお墓。俺とおかんと妹から親父にプレゼント。少しは親孝行できたかな。今日無事に3回忌が終わりました。」そして友人から多数のコメントが。「ステキなお墓!」「お父さん絶対喜んでるよ!」「今度パパさんに会いに行きます。」

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家族大好きな宮沢家のみなさん。お父さんに会いたくなったり、何か聞いてほしいことがあったりしたときに真っ先に訪れるのがお墓でした。これからはその語らいの場にステキなシンボルができ、ますます家族の絆が強まりそうです。

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