おかみブログ
2007年5月23日

だから石屋はやめられない〜規格無の不思議の巻〜

八ヶ岳のお店ガイドブックを作っていて、「印刷費も安くなったなぁ」と思った。
手写しの長い歴史を経て、ルネサンスの三大文明である活版印刷、日本の浮世絵普及に寄与した版画技術、現代に入り写植、そしてDTP・・・。(印刷屋じゃないのでこの程度の知識しかないが)
同じ情報を大量に配布する必要性と人間の好奇心が革命を起こし技術を進化させ、それに伴い費用が下がる。媒体である「紙」の形も規格化。A4、B5、24p中綴じ、文庫版、新書版・・・エトセトラ。しかも受発注双方が一言も話をすることなく、ネット上でデータの交換を行い郵便受けにブツが届けられ、カード決済で支払いも済ませられるようになった。先日も娘の大量のブロマイド製作をネット上のデジカメプリントサイトに発注したら百数十枚も頼んでたったの1000円だ。早い・安い・楽。
規格化し数を集め労力を減らし価格を下げる。
そんな超当たり前のことがどの業界でもなされているのに、石材業界はかなり事情が違う。
まず、いわゆる「規格品」というヤツが、あるようでない。
たとえば、よくある3段型の墓石。
規格無1

大雑把な比率はあるものの地域によってかなりの差があって、関東の場合は竿石の縦横比率は横1:縦2.5が標準だけど、同地域でも店によって微妙にサイズは違う。台石の大きさもぜんぜん違う。どれが正しい、というものはなく、製作者のセンスの問題だったりする。
個々の石屋の意匠、といえば聞こえはいいが、そのサイズの違いにどれほどの意味があるのか、一般人には理解できない。第一見比べたってわからない。
石屋本人だってよくわかってない。ただ、自分はこのサイズ、比率がいいと思っているだけだ。
そうはいってももちろんある程度は大手問屋ベースで既製品となっている。
墓石も今は原石から個人の石工がこつこつ彫刻していくようなことはまずなく、加工業者から製品を仕入れるのが常識。中国などの安い人件費で上がった輸入品も多い。
でも結局大量生産はできない。
同じ部品を作って組み立てるタイプの商品ではなく、あくまで「石」という自然素材をひとつひとつ加工する、という特性をもった商品なのだ。
どんな大手だって基本的には在庫を売るという発想ではなく、見本を並べて受注した段階で新たに作ることが原則となる。
どうせ規格品を作ったって結局ニーズに合わせて一からつくるのだから、既製品が流通しにくい。
さらに、たとえ設計上のサイズを統一したとしても、自然素材相手の個別対応加工品である以上、必ず誤差がでる。
外柵用の石材はある程度寸法どおりで、目地で調整できる範囲のものだが、墓石や墓誌に使う石材はかなりアバウトだ。磨きの精度を追求する分、寸法まで気にしていられないのが実情かもしれない。
手作りのものというのはそういうものだ、と思う人も多いかもしれない。
特に八ヶ岳にはクラフト作家が多く、手作りのもの、職人のものが比較的身近にある。
だが意外と墓石は手作りとはみなされない。作家というより土建屋に近い業種だと思われているフシもある。
確かに今は分業制だから、最初から最後まで全部自分で作っているわけではないのだけど。
最近よく異業種が参入して折込チラシで「墓石一式据付工事込み○○万円」などという広告が入っているせいもあるだろう。
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きわめてドロくさい、アナログな世界の中で、面倒を感じる世界。
でもだからこそ、自分の好きなようにデザインできる自由さがせめてもの救いかもしれない。
お墓づくりは、注文の木造住宅を作るのに似ている。
そう、ご先祖の魂が住むところだから、まさに「家」だ。