おかみブログ

2006年3月31日

古びた街角

一路真輝さん主演のミュージカル「アンナ・カレーニナ」を観に、松本に行ってきました。
「アンナ・カレーニナ」の感想についてはまた別の機会にたーっぷり書くとして、一路さんが昔宝塚時代に歌っていた「ウィーン・わが心の街」を、松本を歩いていて思い出しました。
「古びた街角、かわいい娘たち」という歌詞があります。
松本の善光寺街道沿いの中町どおりはまさにそんな感じで、石畳の道になまこ壁のお蔵が並び、ぽつぽつと提灯なんかが照らされてて、大好きです。
城下町の風情たっぷりですね。
その後、久しぶりの里帰りで神戸に行ってきました。
神戸元町の、旧居留地界隈。
ここも明治以降の石造りの建物がちゃんと残っていて、レトロな入口のお店や事務所が営業しています。
神戸の石の入口

コンクリートや樹脂系の素材では出せない味わいを、街角で見つけられた、1週間でした

2006年3月26日

癒しの空間・石の浴室

石浴室

ウチの浴室の壁は木と石でできています。
木はヒノキ、石は国産材の「十和田石」という材料です。
石貼りはただ同じ四角いのをタイル貼りするだけじゃ、芸がない!ということで、いろんなサイズの石板をモザイク風に配置しました。
これが「タイル屋」ではなく「石屋」の成せる技です。
でもおかげでえらい時間がかかりました。
(あいた時間にやる、という感じでもあったので)
十和田石は薄く青みがかった凝灰岩で、水を吸いやすく柔らかいので墓石などには向きませんが、内装にはよく使われます。
水にぬれてもすべることなく、足をつけた瞬間はもちろん少しひやっとはしますが、お湯を2回ほどかければすぐにあったまります。
夏はかえって気持ちいいかもしれません。
ということで、我が家ではウレタンマットなどは使っていません。
長い間には目地部分にカビが生えるかもしれないので、お風呂からあがったあとはスポンジで水をぬぐうようにして、通気を良くしておけばOK。
石は空気や水を浄化する効果があるので、「癒しの空間」であるべきお風呂にはもってこいだと思います。
ほんとはバスタブも石にしたかったのですが、手間がかかりすぎるのと、手入れが面倒そうなので、断念しました。
石風呂は温泉で楽しむことにします。

2006年3月23日

私を救った「レストハウス白樺」

昨日は仕事が超忙しく、昼飯を食いっぱぐれてしまいました。
私は空腹になるとどんどん機嫌が悪くなります。
3時半にやっとひと段落つき、次は4時の予定。
移動も考えて正味15分の間にとにかく腹ごしらえをしたいところ。
ですが、このあたりは都会と違い2時にはたいがいの食事処は準備中になってしまいます。
最悪コンビニ弁当かなぁ、と覚悟していたところ、目に入ったのがとある店の「OPEN」の文字。
(ふだん運転中すれ違っても気づかない、とよく人にしかられますが、こういうときだけは異常に目を光らせているのです)
それが「レストハウス白樺」でした。
甲斐大泉駅から南へ約200mのところにあります。
以前は某イラストレーターの営む喫茶店でしたが、3年ほど前に現オーナーになりました。以前のお店とはがらりと雰囲気を変え、白い外壁のかわいらしい印象になっています。
おずおずと中へ入り、「すみません、まだ食事はできますか?」と訪ねると、小さくてかわいいおかみさんが「はい、大丈夫ですよ」とにこやかに答えてくれました。
「日替わりランチがありますけど、いかがですか。豚とピーマンの辛みそいためです。」「ああ!それでいいです。」
和食中心の定食を出しているらしいです。
店内はぬいぐるみや鉢植えの花などが飾ってあって、家庭的で和やかな雰囲気。書棚にはログハウスなどの住宅本がたくさん置いてありました。
さて、待つことわずか数分。盛り付けも美しい「豚の辛みそ炒め定食」の登場です。
豚いための他、自家製ドレッシングのかかったしゃきしゃきサラダ、菜の花のからし酢和え、お汁はただのお味噌汁かと思いきや、ふたを開けてびっくり、ゴボウ・ニンジン・ダイコン・ささみ・三つ葉の超具だくさんけんちん汁でした。
あとからヨーグルトフレッシュフルーツのせも。
惜しいのはこのおいしいヨーグルトを最後まで食べるためにフォークではなくスプーンのほうが良かった、ということくらいかでしょうか。
目も舌も腹も大満足でした。
しかもお値段なんと800円!「え、ほんとですか?」と思わず会計の時に聞いてしまいました。
「おいしかったですー」と心の底から言うと、おかあさん、「ありがとうございます。サービスをモットーとしておりますので」とさわやかな笑顔でした。}
白樺店内白樺料理

2006年3月21日

お彼岸考

今日春分の日、春のお彼岸です。
例年お彼岸前後、八ヶ岳にはドカ雪が降ります。
(といってもこのへんはせいぜい10cmですが)
そろそろ暖かくなって気を抜き出したころ、「まだまだ。一筋縄じゃいかないよ」とおてんとさまが片目をつぶっているかのようです。
今年はまだ降りません。気温は2,3日前とても低くなっていわゆる「寒の戻り」ってやつで、仕事のツメも重なって少々体調を崩してしまいました。
こういう季節の変わり目を「お彼岸」という日は象徴しています。
春分、秋分は科学的にいうと昼の時間と夜の時間が同じ日。これは世界中同様です。白夜の頃のフィンランドに行ったことがありますが、12時を過ぎてもうっすらと明るくて不思議な体験をしました。そのフィンランドでも今日は昼と夜の時間が同じということです。
仏教の世界では太陽が浄土のある真西に沈むことになぞらえて春分秋分の日前後に仏事を行います。「彼岸」は「三途の川の向こう岸」つまりあの世のことです。この日に、ご先祖があの世から里帰りをしにお墓へ帰ってくるとされています。だからお彼岸にはお墓参りをして先祖との再会を果たすのが勤めです。
私の中のイメージではお彼岸はあの世とこの世が通じ合う、SF的にいえば四次元のポイントが重なり合い、一瞬違う世界にワープする、そんな風に理解しています。
「暑さ寒さも彼岸まで」などと言いますが、暖かくなったり寒くなったりを繰り返しながら少しずつ春めいてくる、その折り返し地点なのでしょう。
ところで「おはぎ」「ぼたもち」は同じもので、秋の萩・春の牡丹になぞらえています。
これもよくよく見れば「ごはんだが餅だか、はっきりしろー」と言いたくなるような食べ物です。
夫の祖母が生きていた頃は毎年2回のお彼岸にどっさり「ぼたもち・おはぎ」を作って親戚中に配ってくれていました。石屋のおかみとして何十年も店を支えてきたおばあさんの、気合すら感じられました。
最近はみんな忙しくて、いちいちお彼岸にお墓参りに行く人も減ってしまいました。
何しろ「お墓いらない」などという意見が「個人主義」の一言でまかり通ってしまう世の中ですから。
私の勤める会社(不動産)も客商売なので祝日営業しています。
田舎暮らしを求めて物件を探しに来る人はせめて心の中だけでも先祖の墓参をしていただきたいものです。
ウチも子どもと一緒に今日はお義父さんのお墓に行きます。お墓風景村山東割

2006年3月17日

第二のリビング、我が家のトイレ

2月に待望の新居が完成しました。
国産の無垢の木を使った、金物を使わない伝統工法の家。
夫の仕事である石を随所に入れたくて、かなり遊んで作った家です。
一番遊んだのは1階のトイレ。
八ヶ岳の名だたる若手クラフト作家の皆さんの「い〜い仕事」が集まってます。
手洗いボウルは小淵沢の「クラフト葉音」の香保里さん、台座はウチ「石あるく」、タオルハンガーは長坂の鉄アーティスト上野玄起さんの作。
私がどうしてもトラバーチンという黄色味がかった、やさしい風合いの大理石を使いたくて、夫が形を考えました。アールのかかった、やっぱり柔らかい感じの形がお気に入りです。
ボウルはポップな色の吹きガラス、それと対照的に鉄の真っ黒な質感が全体をしめます。
洗面台の上に香保里さんの花瓶もかけちゃいました。
窓辺には飲み友達「小間物商会」のミニチュア陶芸。
いつまでも座っていたい、大好きな空間です。トイレ

2006年3月15日

感覚で生きてる人間前の娘

1才の娘を背中にしょいながら書いてます。
やっと寝てくれました。首が落ちそうになりながら寝てます。痛くないのかなぁ。
先月1才の誕生日を迎えた娘は最近ますますお話をするようになりました。
といっても、何を言ってるかは全くわかりません。
動物の写真や絵を見ると「わんわん」というくらいです。
その様子を見ていて、先日知り合いに貸してもらった養老孟司先生の講演会CDの内容を思い出しました。
たとえば人間の言葉を習おうとするネコが仮にいたとして、「おまえはネコだよ」というセリフを夫と妻の両方が教えてやったとします。そうするとネコは二人が違うことを自分に教えたと判断するわけです。つまり夫と妻は声のトーンも口調もまったく違うので、ネコは違う音だと認識してしまうのです。これは感覚の世界で生きている動物全般に言えることです。
一方で、人間は概念の世界を持っています。どういうトーンでしゃべろうが、「ネコ」は同じネコなのです。言葉のもつ情報処理能力がなせる業です。それが行き過ぎると情報だけにとらわれて感覚を使うことを忘れます。3日前のサンマと今日釣ったサンマを並べると、ネコは迷わず今日のサンマを食べます。普通の人間は(プロを除いて)スーパーのシールの賞味期限を見ながら選びます。
(これは私の解釈も入ってますので、養老先生の講演の意図とはちょっと違うかもしれませんが、ご了承ください)
親は子どもが「わんわん」と言っているのを聞いてつい、「そう、わんわんね」とか「かわいいね」とか「それはニャーだよ」と言ってしまいがちですが、子どもがわざわざ「これはわんわんだ」と犬を見て言うでしょうか。そんな、「This is a pen」みたいな愚骨頂な話はないでしょう。たぶん何か興味を持ったもの(おそらくは目と口があって自分と話ができそうなもの)に対して話しかけている、と考えるのが自然なのではないでしょうか。それはもしかしたら大人が考える以上に複雑な感情で、それを表現する情報処理能力だけが大人より少ないだけなのかもしれません。
今の教育は「空は青い」と教え込むことに終始しているように感じます。乳幼児期に持っている豊かな感覚や感情をどんどん押さえ込み、代わりに情報処理能力を植えつけていく・・・
とてももったいないと思いながら、じゃあなんて話しかけてあげればいいのか、そこでまた悩んでしまいます。とにかく、よく子どもを観察して、その複雑な感覚を少しでも読み取ってあげればいいのかな。そっちのほうが、「そうわんわんね」より数倍も時間がとられるのですが、(何か別のことをしながらではできません)、そういう作業をきちんとした親子が絆が深くなるのかもしれません。

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2006年3月14日

お墓のある風景

お墓の写真を撮るのをライフワークにしようと思ったのは、今日のようなお天気の日が最初だったように思います。
雪の降った日の次の日、八ヶ岳南麓はたいていきりりと晴れる。
シャープネスをかけたみたいにくっきりとした山の稜線。
空の青と頂上の雪の白に朝日が刺して、青い宝石のようにきれい。
その山をバックに、手前に広がる田園の中の小高い丘にある集落墓地。
霊峰富士の方を向いて、拝んでいるかのように見えるのがなんだかかわいいかったのです。
こんなところにお墓参りできる田舎の人って、幸せだなぁ。
昔は野良作業に行く前と帰りに必ず墓参をしたそうですが、死後の世界が生活のごく身近にあって、墓地が忌み嫌うところではなかったということなのでしょうね。
そんなことを夫に教わって以来、農村風景とお墓のベストマッチをどんどん撮っていくことにしました。
今後も乞う期待?!お墓風景東井出