おかみブログ
2006年8月27日

わらべうたを歌おう

知り合いの家のホームパーティに呼ばれました。
小学生の子どもが3人来ていました。
一番上の中学生の男の子はずっとBSのアニメ番組を見ていました。
そこの家は子どもはいないけど、よく来る親戚の子供達のためにケーブルTVの有料契約で子ども番組が入るようにしてくれているのです。
一番下の小学2年生の男の子はあっちにいったりこっちにいったり。
まん中の小学4年生の女の子が「小さい子好き」といってウチの子と遊んでくれました。
1才半の娘は大人だと人見知りしてむっつりしているのに、このおねえちゃんには何の迷いもなく後をおいかけていました。
やっぱり子ども同士は順応が早い。
「金太郎」の絵本を持って行っていました。
おねえちゃんがちょっと早口で読んでくれるのを聞きながら「きんたおう」「うっちー(猿)」「わんわ(くま)」などと知っている名詞を連発。
おねえちゃんもすぐに、この子はまだお話はよくわからなくてものの名前を言うことが楽しいんだとわかってくれ、「これは?」「これは?」と聞いたりしてくれました。
絵本の最後に楽譜つきで金太郎の歌が載っていました。
ところがこの女の子は金太郎の歌をきいたことがなかったよう。
私がまず歌ってあげると、一生懸命覚えようとします。
金太郎の歌「まーさかりかーついだきんたろう♪」は知ってればなんてことはないのですが、意外と音階が飛んでいて知らない子には一度では覚えられないらしく、何度も何度も練習していました。
その、くり返し練習する姿は本当に素直でかわいらしく、また声も鈴を転がすような響きできれいです。
なんとかマスターしたその子に「これからカラオケで歌えるね」と言ったら「うん!」と元気よく返事してくれました。
それにしても小学4年生で金太郎の歌を知らなかったということは、今後いつ覚える機会があるか、とふと思いました。
昔からある童謡を私達はいつ、どうやって耳に入って、覚えていったのでしょうか。
学校で教わったっけ。
親にレコードを買ってもらったかもしれない。
少なくとも私が小学生の時(20数年前)は近所の子どもたちと家の前の道路で、「だるまさんがころんだ」とか「はないちもんめ」とかいろいろ遊んでましたから、他の子が歌うのを聞いて自然に覚えていったんでしょう。
童謡って、意味もわからず耳で覚えていたものが、今改めて歌詞を見直してみると、作られた時代背景とか心理描写とか面白いですね。
「かごめかごめ」の歌詞について、私が高校生くらいのときに聞いた話では、「かごめ」というのは妊娠した女性で、「かごの中のとり」は胎児、それが「夜明けの晩」という矛盾した時間帯に、「鶴と亀」という縁起のいい動物が「すべった」つまり流産もしくは堕胎を意味する。「後ろの正面だあれ」は水子の霊だ、などと怪奇めいた解釈でした。
それが同僚のマクロビ女史のきいた話では、「かごめ」というのは籠目紋(△と▽があわさった形)で、陰と陽を現す。(さすがマクロビオティック。)陰陽は表裏一体、もしくは神そのもの。それが男女にわかれ人間となったが、本来は一つ。陰陽の考え方は世界中にあり、哲学の根底にあるものだが、封建時代の男尊女卑の社会の中では男女が同等だという考え方はタブーだった。でもきっとその考え方が世に広まる時「かごの中のとりが出やる」時が来る。希望を捨てずに待とう。…という明るい話だったそうで、びっくりです。
秋も近い小淵沢の里山。
ゆうやけこやけで日が暮れて
山のお寺の鐘がなる
おててつないでみなかえろ
からすと一緒に帰りましょ