おかみブログ
2009年6月5日

子どものけんか

先日の日曜日、小淵沢生涯学習センターで柴田愛子さんの講演会がありました。
保育士として「りんごの木」を運営するかたわら、絵本やエッセイを出版、子育てに関する講演会も行っている人です。
スパッスパッとはぎれのいい話し振りに、笑いのたえない講演会でした。
「りんごの木」では子どものけんかは黙ってみてるのが原則だそうです。
手が出たときも、お互いやる気で、素手ならそのままやらせてみる。
おもしろいことに、仲のいい子同士が、よくけんかするのだそうです。
Mooが週1回通っている森のようちえんピッコロも、同じ方針。
先生がそれぞれの言い分を聞いて采配をする、ということはしません。
「そっか、じゃあどうしようか」と子どもたちに決めさせてくれるのです。
子ども同士でぶつかって自分たち同士で解決するってとても大事なこと。
幼児のうちにそういう訓練ができていないと、小中学校でのイジメにつながるんだとか。
なのに、とかく大人は子どものけんかに介入したがるもの。
「あやまりなさい」
「大きいんだからがまんしなさい」
「手を出しちゃだめ」
「それは○○ちゃんがいけない」
実際はなかなか子どもだけにできない現状も。
特によその子と一緒に家で遊ぶ場合です。
すぐにおもちゃの取り合いでけんかになったりしますが、それを傍観していられる親がどのくらいいるでしょう。
アタマでは「子どものけんかに介入しない」とわかっていても
相手の親の手前、「ほら、貸してあげなさい」「順番で使いなさい」と言わざるを得ない状況って多々あると思います。
そして子どものほうも大人に仲裁してもらうことに慣れてしまっていて
「○○ちゃんがおもちゃ貸してくれない」と言いつけにくるのです。
よその子にいわれれば「お宅のお子さんがいじわるしてますのよ」と非難されてるようだし、
それが自分の子なら、「お母さんは私の味方だよね」と救いをもとめられてるようでもあります。
それでとりあえずその場をおさめなきゃという強迫観念にかられてしまう。
仲裁したがり度合い、というのが人それぞれ違うということも感じます。
少々手が出ても大怪我をしなければそのままにさせようと見てる親もいれば、
ちょっと口げんかになりそうになっても間に入る親もいます。
そういう人と一緒だとこちらだけ黙っているわけにもいかず、
結局たいしたことじゃないのに自分の子をしかったりしなきゃいけなくなる。
ピッコロでの生活は、Mooにとっては今はまだジャングルに放り込まれたような感じでしょうが、
子どもだし、すぐ慣れると思ってます。
むしろ私にとって、子育ての指針を育てる貴重な場でもあるのです。