おかみブログ

2007年2月15日

北杜市の新たな観光振興を考える

都会に住む親きょうだいや親しい友人たちを八ヶ岳に招くとき、しばし悩む。
「はて、どこへ連れて行ったものか」
大きなレジャー施設があるわけでなく、大関級の有名温泉があるわけでもない。
親ならせいぜい2〜3日、友人にいたっては丸1日もない滞在期間。
この限られた時間の中であっと驚く魔法の旅を提案せよと課題をあたえられたとき、私は最近では次のような手段をとります。
まずウチへ招く。なかよしの豆屋さんから買ったとびっきりのコーヒーで丁寧にドリップする。それからちょっとドライブしようかと、いつも通る道から少し足をのばしたところで、私自身が常々行って見たいと思っていた場所へ連れて行く。滝とか牧場とか森とか。一人ではなかなか行けないところ。途中で田園風景や山景色を見る。最後は行きつけのレストランやバー、食堂へ。「こんにちはー」「あ、どもー」と言い合えるのが居心地よい。
そしてお客へ一言。「こんな短い時間じゃ八ヶ岳の魅力は語りつくせないよ。またゆっくり来てね。なんならこっちに住む?」
導入部だけ見せられておあずけをくらった彼らはリピーターとして何度も訪れるハメになる。
「北杜市の新たな観光振興を考える」シンポジウムが14日行われました。
北杜市、市商工会、そして民間からのプロジェクト推進委員会(正式名称は北杜市地域産業リマスター・プロデュース事業推進委員会)が主催となり長期滞在先としての北杜市の未来を探るものです。
背景には昨今の旅スタイルにたいするニーズの変化があります。
「盛りだくさん」プランから「ゆったりプランへ」
「豪華な懐石料理より地元の旨い店へ」
観光地として隔離された空間ではなく、より生活に近い旅体験が求められ、同時に滞在期間も長くほしいと希望する人が確実に増えてきているというのです。
基調講演でお話くださったJTBの事業創造本部長という人の言葉によると、「たび」の語源は「他火」つまり他人の(かまどの)火だそうです。
いつもとちょっとだけ違う日常(他人の火)にあたって生活体験を共有することで、その活力をもらって帰ってくる。これが旅なのだそうです。
つまり、与える火の方に活力がなければ成り立ちません。
そういうことで、これからの旅提案をする側としても、自分たちの生活が楽しくゲンキなものでなければいけないというわけです。
このシンポジウム開催に先立って実行された、第一回目の長期滞在プログラムでは、モニターが1週間の滞在期間の中で地域交流型の様々なプログラムを体験。それを個別にコーディネートする「地域コンシェルジュ」の役割も重要でした。
個人的には何か体験しなきゃとかどっか行かなきゃ、とプログラム攻めに合うよりは、何にもしなくていいからとにかくぶらぶらそのへんを歩いたり昼寝したりするのでも十分楽しめる場所だと思うのです。
このシンポジウム、説明や構成、司会も良くて、なかなかいい会でした。
会場はアイスクリームの清泉寮で知られるキープ協会。
いつもとチョット違う、霧雨の清里でした。

2007年2月10日

あらばしりを制す!

諏訪の銘酒・真澄の限定販売品「純米吟醸あらばしり」を、いきつけの酒屋で勧められ、購入してきました。
酒屋の息子評↓
真澄の醸す、純米独特の柔らかくバニラやフルーツの様な甘い香りが特徴。あらばしりらしいやや酸と少しトロっとしたコクのある口当たりが憎めないです。というか、引き込まれます。
まさにそういう酒です。
人に例えれば、「ボン、キュッ、ボン!」のグラマーな美女、といったところでしょうか。
はっきり言って私とはマギャク(正反対)です。
すっきりした、雑味のないわき水のような端麗辛口美青年タイプを好む私には、かなりきついものがありました。
でもやはり旨いのは認めざるを得ません。
つまみを工夫してなんとか好みに近づけたいところ。
初日はスーパーで特売になっていたアジの刺身と一緒にいただきました。
これはちょっと失敗。
アジの生臭さとは協調しないようです。
そういえば酒屋の息子の談にもこうありました。
お料理は、ダシと醤油の香りがいい“鰈の煮付け”や“おでん”。油にも相性がいいので、“餃子”やドミソースの“ハンバーグ”、“ハム”など。また、淡白なお魚の刺身ともいいですね。チジミも◎。
なるほど。白ワインのような楽しみ方ですね。
ということで、2日目はスモークサーモンと三つ葉のサラダ。
あらばしり

これはなかなかいけました。
サーモンの甘辛い味とあらばしりの濃厚な芳香がよく合います。
そして3日目、息子のお勧めどおり餃子とおでんにて。
なーるほど。これですね。「ボンキュッボン」でもしょせんは日本人(酒)。
やはり日本食との相性が一番のようです。
息子、やるな。
ちなみにアルコール自体があまり得意ではない夫は、初日口に含んだだけで「うッ、あまい」とうなり、それっきり口をつけようとしませんでした。
ということはグラマー美女よりズンドー骨太でいいってことかな。よしよし。
真澄 純米吟醸あらばしり
お求めは小淵沢久保酒店にて。
http://webmotto.exblog.jp/m2007-01-01/#5397099

2007年2月8日

木材さしあげます

石あるくからのお知らせです。
木枠梱包の廃木材(松)をひきとっていただけませんか?
現状は枠型のまま、長さもマチマチ、釘多数あり。
炊きつけ、釜、薪ストーブの燃料などに使ってください。
運搬には小型トラックを無料でお貸しします。
大量に引き取っていただける場合は、北杜市内及び富士見町まではご自宅までお届けもします。
(切断はご自身でお願いします。)
引き取り場所:山梨県北杜市小淵沢町
お問い合わせ:0551-36-2300(伊藤石材工業)

2007年2月7日

タイマグラばあちゃん

北杜市で『タイマグラばあちゃん』の上映会があります。
タイマグラ2

「タイマグラ」とよばれる岩手県早池峰山のふもと、水も電気もつい最近までない人里はなれた山奥で、自給自足しなから一人暮らしをしてきた向田マサヨさんの晩年を描いたドキュメンタリー映画です。
私はまだ見てませんし、この上映会も日程が合わず行けません。
だから以下の内容説明は単なる憶測です。
ばあちゃんは、ジャンヌ=ダルクのように国家を救ったとか、キュリー夫人のように大発見をしたとか、マザーテレサのように貧しい人に献身したとか、そんな偉業を成したわけではありません。
普通に、四季のうつろいのなかで、生活し続ける、それだけです。
それは変化と刺激に富んだ現代社会で暮らす私たちにとって、あまりにも平凡で退屈、かつ不便な生活のように見えます。
「ただ、生きる」
小泉堯史監督の『阿弥陀堂だより』は見ました。
淡々と、信州の雪深い山村・飯山での生活が描かれる中、樋口可南子演じる<妻>の「パニック障害」という病気と、彼女が都会の病院勤務に少しだけもどる期間があり、それが逆にこの映画にフィクションとしての客観性を持たせ、主人公夫婦の田舎暮らしがどっか別の世界ではないことを感じさせる重要なエッセンスになっていました。
映画の中で、お盆の送り火を見つめながら妻が「私たちも先祖になっていくのかしらね」というセリフが私は一番好きです。
この二つの映画が、別に不便な生活をしろとか、自給自足して暮らせ、などということを言ってるわけではないでしょう。
もっと根本的に、「ただ、生きる」ということを、考えるでもなく感じていけばいいんだと思います。
今の生活を変える必要もなければ、悟りをひらくものでもない。
きっと上映会場を出たとき、甲斐駒がひときわきれいに見えれば、それでOKなんだと思います。
そういう思い、したくないですか?
上映会案内は以下のとおり。
日程:2月17日(土) 13:30開場 14:00開演
会場:高根ふれあい交流ホール(北杜市高根総合支所西側)
料金;前売1000円 当日1200円

こんなサイトも見つけました。
タイマグラって?
http://www.taimagura.com/

2007年2月5日

そば屋地獄

以前八ヶ岳は「パン天国」だと書いたことがあったので、それをもじって今回は「そば屋」について。
少々辛口なので「地獄」としておこう。
小淵沢スパティオからリゾナーレ近辺はここ数年で開店した飲食店が、文字通りずらりと軒を連ねるところ。
その一画に昨年またそば屋がオープンした。
「また」と、かなり失礼な言い方をせざるを得ない。
なにしろそば専門店は小淵沢IC付近半径1km以内で私が知っているだけでも既に4軒、そのうちの3軒はここ数年以内にオープンしたばかり。
品書きのひとつにそばがある店を含めるといったい何軒になるのかわからない。
さらに、半径10km程度なら「車ですぐ」というこのへんの距離感を考えると、富士見から高根に至るまで、八ヶ岳南麓に近年オープンしたそば屋の数は計り知れない。
公共施設や三セクでは必ずといっていいほど「そば打ち体験」を催している。
まさにこの数年、「そば」ブーム・・・というより「そば屋開店」ブームなのだ。
人口5万人の北杜市において、あきらかに過剰ではなかろうか。
当然競争も激化する。
さて、くだんのそば屋。
紅葉の並木とカラマツ・アカマツ・白樺の林に囲まれた一画に強烈なインパクトでその姿をあらわした。
この高原の林をバックに鮮やかすぎるショッキングピンクの外観。
建築途中、私はここを何度か通り過ぎる際、この色が完成形でないことをひそかに願った。
それが洋食屋などではなく、そば屋であることがわかったとき、憤りに似た感情すら覚えた。
「なんで、そば屋が、ここに、こんな色で・・・」
色んな建物がひしめき合う都会ではさほど気にならないかもしれないが、ここは自然豊かな八ヶ岳。(それでも少しずつ破壊されつつあるのだけど)「景観に合う」というのはとても重要なファクターなのだ。
ということで、オープンして半年、食べ歩きオタクの私にしてはめずらしく、意図的に敬遠していたのである。
先日同僚とこの店の話になった。
「ほら、競技場の前のあのおそば屋さんだけどね、」
「あー、あのすごい色の。」
「またそば屋、ってかんじよね」
「ところが、けっこう車停まってるのよ、いつ通っても。」
客が入っている、という噂を聞くと、興味を引くのが人の心理。
よく知りもしないうちからウダウダ悪口を言うのはよくないというのを口実に、勇気を出して入ってみることにした。
飲食店が流行る条件はいくつかある。一般的なものは
1)わかりやすい立地にあること
2)目にとまりやすい外観をしていること
3)店内が居心地がいいこと
4)接客がいいこと
5)味がいいこと
6)値段がリーズナブルなこと
7)特徴がはっきりしていること
特に4は重要だ。
ターゲットは右も左もわからない観光客か、グルメな別荘客か、少し遠巻きに見つめる地元客。
このどれをないがしろにしても八ヶ岳での商売はなりたたない。
マニュアルトークではなく、それぞれの客にあったもてなし言葉が必要だ。
おそるべきことに、このそば屋は上記の条件をほぼ全てクリアしていた。
そばはコシと風味があって旨い。
そばきりと野菜天ぷら盛り合わせで1500円だが、観光地だからこんなもんだろう。
ジャズが流れ、薪ストーブが燃える。
カウンター席で一人静かにいただくこともできれば、テーブル席で家族の食事や和室での宴会にも対応できる。
そして一人で入ったジョセイ客にさりげなく話し掛けてくれる。
正直、この接客ひとつですべてがリベンジできるほど、重要なポイントだと思う。
その話し方がとても自然なので、こちらもつい素性をあかし始める。
地元だとわかると「じゃあまたいらして」とデザートのサービスをしてくれた。
2才の子供がいるというと「ぜひご家族で」と快く受け入れてくれた。
これはかなりポイントが高い。
八ヶ岳のこだわりそば屋とやらは臆面もなく「お子様お断り」と書いているところも少なくないからだ。
うちの娘はそばが大好きなのに、親も子も満足できる店は限られる。
おかあさんと息子さん夫婦の家族経営。
そば打ち担当は息子さん、戸隠で修行したそうだ。
汁そばは京都で。だしのきいた薄口しょうゆ味は都人も満足させる。
天ぷらは全国修行の旅の折、あちこちの天ぷら専門店で伝授してもらった。
手作り甘味メニューも充実。
店を出るとよい天気の昼さがり。
振り返って改めて見ると、ハデな外装も少し落ち着いて見えるから不思議だ。
祥香2 祥香1 ←そばきり祥香
今回は気分的に「である」調のエッセイ風に書いてみました。
えらそうでごめんなさい。

2007年1月29日

ふわふわのマシュマロ

「赤ちゃんってふわふわでマシュマロみたいにかわいーねー」
最近待望の第1子を出産した友人のメールです。
ちょっと前のヤマザキパンの小林聡美のCM、赤ちゃんの手足のくびれやおしりを映して「ここもスキ」というセリフ。
小さい子どもって、抱いててもやわらかくて気持ちいいし、おしりやほっぺなんてかぶりつきたくなるくらいプリプリしてかわいいし、お風呂の後なんかいっちょまえにせっけんのにおいがしたり、ワキガはないわ口臭はないわ。
とにかく小さくてやわらかくていいにおい。
これって、思いっきりべたべた触って、抱いて、眺めて楽しまなきゃ損だ!!と思うわけです。
先日保育園の参観日に講演してくれた講師の先生の話によると、3才までにちゃんとスキンシップができている家庭は、思春期や成人期で悩んでも大きくはずれることはない、ということでした。
3才までは思い切り甘えさせてベタベタ体にくっつけとけばいいそうです。
そっか!どんどん触って抱いていいんだ。
親がそういうことを気持ちよくできるように、子どもってぷにぷになんでしょうね、きっと。
余談ですが、清里ロックで食事をすると、マシュマロの串さしをサービスしてくれます。バーベキューでも定番メニュー。
薪ストーブの火であぶるとトロトロにとけて全く違った食感が楽しめるのです。
ロックマシュマロ

2007年1月28日

あれもこれも欲張る年

今年は年明けのおみくじで「大吉」がでました。
深大寺のおみくじはまんべんなく凶や大凶が出ることでも有名で、昨年は大凶。そういえば1カ月おきに風邪をひいたり、仕事がマンネリ化してたり、夫婦喧嘩が絶えなかったりしてたなぁ。
今年は大吉の中でも特によい、何をやっても「いづべし」とか「よし」とかいいことばかり書いてあるものでした。
だから、新しい話には極力断らず、乗るようにしています。
きっと発展の年になると信じて。
昨年末から2つ、大きな話(私にとっては)が来ています。
FM八ヶ岳おらんうーたん
FM八ヶ岳は昨年10月に開局したコミュニティFMで、市民ボランティアの手で作られています。
これから質のよい自主制作番組を増やし、出資を集め、地域情報発信源としての存在を強めていきたいところ。
おらんうーたんは八ヶ岳のクラフト作家のネットワーク。工房やアトリエを記した、観光にも使えるクラフトマップは第2弾まで発行され、作家同士のコラボやオープンアトリエなどのイベントもめじろおし。北杜市長が北杜市の観光資源のひとつとしてその地図を持って旅行代理店に営業に行ってるということで、この地域の一大産業と言っても過言ではない地位を築きつつあります。
私の関わることはまだ詳しいことが決まってないのでちゃんと書けませんが、ともかくこの北杜市二大事業に微力ながら関われることになったというわけです。
お呼びがかかって、断わる道理がありません。
当然今までより断然忙しくなるし、ブログを書いてる場合じゃなくなるかもしれません。(マメな人はそれでも書けるのでしょうが)
結婚と同時に石屋に嫁に入ったとき姑に言われた言葉、「十年お礼奉公」。
初めの10年はよくわからないことも多いがとにかくがまんして仕える、次の10年で勝手がわかって、その次の10年はお礼のつもりで頑張る。
嫁ぎ先の家での暮らし方の指南のつもりだったのでしょう。
「ふるー」と内心反発していた時期を少し過ぎ、仕えるのを嫁ぎ先から地域とか人脈に置き換えて、自分なりにアレンジしてみることで比較的すんなり受け入れられるようになった私は今年で9年目。
まだ第二段階の「勝手がわかる」の手前までしか行ってないことになりますが、とにかく今はなんでもやってみるときかな、と。
ちょっとどきどき。でもわくわくの睦月でした。

2007年1月23日

福島・ひなた山より

福島旅行で出会ったお墓のある風景です。
この霊園は小高い丘の上にあり、公園に併設されています。
丘から遠くに山々が見えます。あれが磐梯山あたりかな。
各家の墓所内にベンチが多いのは、この眺めをご先祖と一緒に見るためでしょうか。うらやましいですね。
福島8

2007年1月22日

伊達冠と出会う

石屋のおかみをしていると、普通は行かないようなマイナーな場所に旅行できるのが醍醐味のひとつです。
夫の石材製品買い付けに私もついていきました。
昨年9月の岡崎に続き、今回の旅行は福島。
福島と聞いて一般的に一番イメージしやすいのは会津の磐梯高原・猪苗代だと思いますが、私たちが行ったのは福島の北東・伊達市霊山町(りょうぜんまち)です。
阿武隈川と独特にそそりたつ崖のような霊山という、雄雄しい自然に恵まれたところで、紅葉のシーズンがひときわ美しいそうです。
福島は県内のあちこちで良質の白御影がとれ、近県・宮城の黒御影や栃木の凝灰岩の産地にも近いことから、石材業者が多いのです。
今回行った霊山町の石材問屋もそのひとつ。
やはり墓石の展示が主。東北の墓石は八ヶ岳と似て黒が多いです。
今回の最初の収穫は蔵王石。
黒っぽい安山岩で、八ヶ岳の好みにも合いそうです。
安山岩はごろごろとした岩で採れるので、その自然な形を活かして表面の広いところだけ本磨きにして、側面や背面は岩肌を残すような加工をするのが合います。
今回仕入れたのは墓石ですが、田園の中に建てる記念碑などにも向いています。
福島3 今回仕入れたもの。
もうひとつ、私が気に入った石があります。
伊達冠石(だてかんむりいし)。
これも安山岩のひとつ。
岩肌はまっ黄色ですが中は濃い灰色、磨いたばかりの面はほとんど黒に近い濃い色です。
これが数年経つと赤茶色に変色するそう。
そんな短期間のうちに変化するという特性をわかってくれる施主がどれだけいるか、という点で、夫は今まで敬遠してたとのこと。
でも、岩肌の黄色と磨き面の黒のコントラストはほんとに美しいものでした。
加えて、やはりこれもゴロ岩で採石されるので、自然な形を活かした、アーティスティックな加工が魅力的です。
福島4 伊達冠石の小さめの墓石セット。
展示会場を見終わった後は郡山市内の霊園を見学に行きました。
伊達冠石の墓石を見つけました。
自然な風合いで、とてもステキです。同じ石でベンチも作ってありました。
福島5 福島6 ちょっとお邪魔させていただきました。
伊達冠石で全面本磨き加工にするとこんな感じです。
これが数年経ったもの。
福島7

確かに赤茶けていますが、上品な色合いだと思いました。
こういう風に変わるということをちゃんと説明した上で、真っ黒ではないものを好むお施主さんにはこれを勧めてみれば、と言ったら、夫も納得したよう。おかみの意見、聞いてもらえました。

2007年1月19日

萌木の村の思い出

清里のレストランROCKの割引券を夫が購入していたので、久々に家族で萌木の村にお出かけしました。
ここにはちょっとした思い出があります。
といってもロマンチックなものじゃあありませんのであしからず。
大学3年のときだったと思います。だから1990年くらい。
高校時代の友人グループ5人で萌木の村に遊びにきました。
友人の一人が以前に清里の某ペンションで夏季住み込みバイトをしたことが発端。
当時の私は清里どころか山梨すらよくわからない。
その彼女主導で計画が練られ、関西から行ったと思うのだけど、なぜか新宿から特急に乗り、どっかの駅で単線に乗り換えて数駅目が清里でした。
くだんのペンションに泊まり、徒歩でオルゴール館や清泉寮に行き(今考えるとよく歩いたもんだ)、山田邦子のサラダ館を横目で見ながら駅前のお土産屋さんを物色したような記憶があります。
萌木の村で若々しい名取裕子が何かの撮影をやっていました。
「ホールオブホールズ」ではスタッフのおねえさんがかわいい演出まじりでオルゴールの説明をしてくれ、芝居好きの私はいたく感動して、一瞬萌木の村で働きたいという希望が頭をよぎりました。
でも、当時の私の世界観からはあまりにも非現実的な話。
バブル景気まっただなか、売り手市場で就職活動を控えた花(?)の女子大生にとって、大手企業に就職することが第一の検討課題だったのです。
すぐに「萌木の村のおねえさんになりたい」夢は忘れてしまいました。
それから17年。
気がついたら仕事を通して萌木の村スタッフの人と打ち合わせをするような立場になっているではありませんか。
例のペンションは既になく、そのすぐ近くの中古物件の売却に関わった際耳にしたのはそのペンションのオーナーはご病気でなくなったとの噂。
駅名も覚えてなかった乗換え地点の小淵沢は、自宅の最寄り駅であるばかりでなく、地域活動や仕事の待ち合わせの拠点、つまり「庭」です。
食べ物屋さんはロックしか知らなかったのが信じられないくらい、自慢じゃないけど八ヶ岳のお店情報ならまかせて。
何がどう、転んだんだっけ。
これって、勝ち組?負け組?
ジンセイ、どうなるかわからないなぁ。と、山小屋パブだった様相とはうって変わってファミレス化した現ロックで、昔とこれだけはかわらないビーフカレーを食べながら感慨にふけりました。
ロック1 
ロック2

ロックのパスカードは訪問販売で売りに来ます。パス価格5000円。
ロックで3000円以上注文→1000円引き(5回利用可)
7000円以上注文→3000円引き(5回利用可)
10000円以上注文→5000円引き(1回利用可)
今のロックはファミレス。子ども連れや自分たちだけで食事をしたいときにはビジネスライクで気軽。
店の人とどっぷりお話したい、かつてのロックを求めるなら、スモーキーカフェ(甲斐大泉駅上)か
ランプスロッジ(小淵沢馬術競技場近く)がそんな役割を担っています。